物語

最悪のタイミングで株に手を出してしまった体験談

株を始めたきっかけはライブドアが大人気だったから

私が株に手を出したきっかけは2000年台前半のITバブルの時代だった。
当時、IT業界は大いに盛り上がりベンチャー企業が立ち上がった。
やれIT革命だの、後々色んな意味で世間を賑わせるホリ○モンの登場なども相まって株式を始めとする、投資市場が大きく賑わった。

この時の盛り上がり方は今でも覚えている。
テレビをつければIT業界が盛り上がっている事を報じないテレビは無かったし、投資のハウツー本が書店の入り口などで平積みされるなど投資に関する本もワンサカ出ていた。
ちなみにこの時期には、とある少年漫画誌で株式投資のやり方まで掲載していた事もあったんだ。
当時の盛り上がりの度合いが知れようと言えるな。

日本全国がお祭り騒ぎだったから、投資を始めないと損をするという雰囲気だった。
事実私自身この時の熱に浮かされて、実際にネット経由で証券会社に口座を開設したクチだったからね。

株式投資を始めてみたのは良いけれど…

株式の口座やネット銀行の口座開設など必要な下準備は全て整った。
さあここから私も株式市場で一山あてて、億万長者の仲間入りだ!
そう鼻息荒く株式市場に乗り込んでみたが…初っ端に大きな二つの壁にぶつかった。

一つ目は何の株を買ったら良いのか分からない。
株式に限らず投資というのは、これから伸びると予測して安い時に投資して、高値がついた時に売り払い、利益を得るのが基本だけど、市場のド素人の自分には何が伸びるのか全くわからない。証券会社の情報や、様々な

企業の情報を見てみるも、株価が下がるような情報を載せるわけがないから、どれもこれも伸びそうで手が出せずに途方にくれてしまった。

二つ目は資金があまりにも乏しかった事。
当時は貯金の20万円で株式市場に乗り込んでみたけど、いくら株式の初心者とは言っても、あまりに資金が少なすぎる。

日本どころか世界中にその名を知られた大企業の株は一株ではなく、百株単位で売買される事も珍しくない。
仮に一株2万円だとしたら、最低単位ですら200万円必要となるが、これでは一庶民にはとても手が出せない…。
これでも零細株主扱いだって話だから世の中どうなっているの?とドン引きしたよ。

以上の二つの理由と、しばらくしてITバブルの崩壊やホ○エモンの逮捕などもあって、投資に対する熱が日本中でサーッと引いて、自分もそれに合わせて資金を引き上げ株式投資から引退した。

再び株式市場に足を踏み出した矢先に…

特に利益も損失もあまりないまま、株式投資から引退してからしばらくたって2006年の年末あたりだった。
再び自分は株式投資に足を踏み入れることになる。
きっかけは長らく派遣社員だったから、大きな貯蓄がほしいという将来の不安と、前回に比べて貯金も100万円近くに増えたし、ここの会社伸びるんじゃないか?とこっそりアタリをつけた会社があった為だ。
ならば一丁、リベンジしてみますか!と思い、休眠口座を引っ張り出した。

…多分、一部の人はお察ししたかと思う。2006年と株式投資、何があったかというと、アメリカ発の金融危機、サブプライム住宅ローン危機だ。
サブプライムローンの詳細は割愛するが、大勢の投資家が大損こいたのは言うまでもないし、何より私自身もその中のひとり。
ただ大々的に報じられる直前の、最悪のタイミングで私は株式を再開してしまった。
どうしてこんな時に…と当時の悔しさは今でも夢に出て来る。

さて私がアタリをつけた会社だが、無名だけど一部のマニアからは非常に好評価で、ニッチな会社だけど業績は悪くない。復帰当初は30万円程度投資しており、ゆくゆくは増資も考えていたが、方針を転換せざるをえなくなってしまった。

ナンピン、ナンピン、またナンピン…その末路は

サブプライムローンの影響を受けたのは、自分の投資先も例外ではなかった。
株価は落下し、30万円の投資はあっという間に暴落した。
このままではいけないと一気に不安に駆られた自分は、買った債権が下がってしまった時に、行う買い増し。いわゆるナンピンを決行した。

あくまでもサブプライムローンは一過性のもの。すぐに戻るだろうという根拠のない読みと、元の価格に戻ってくれれば、買い増した分の利益は出る。
そんな読み、いや読みというよりも願いを込めてナンピンをしたんだ。

結果的にはこれが裏目で更に株価は下落。そしてここまで突っ込んでやめられず、最終的に100万円全てを、その会社以外にも株式を買って全ツッパ。
後は戻ってくれれば…その願いは叶うことは無かった。

下がる株価を毎日見るのは辛かったし、何より仕事中もベッドの中でも株価だけが気にかかり、遂には仕事で大きなミスをしてしまった。
上司から呼び出され、最近の仕事ぶりには目に余る!どうなっているんだ!と、大目玉をくらった時にようやく自分は目が覚めた。
「もうやめよう…手仕舞いにして諦めよう。」
最終的に戻ってきたのは100万円中65万円。おおよそ半額近くしか取り戻せなかった。

株の失敗は手痛い出来事だったが反省点もある

大事に貯めていた貯金を大幅に減らしてしまった二度目の株式投資。
さすが懲りたので三度目の正直で挑戦しようという意欲はもう無い。
ただ今振り返ってみれば、自分の株式投資の体験談では反省すべき点は二つあった。

一つ目は資金が乏しいという事。
最初もそうだけど、二度目の挑戦で100万円を用意したとはいっても、それでも世界中の投資家に比べたら資金はやっぱり少ない。
ちょっとでも損失が出れば強制退場も十分ありえるし、損失を抱えている事実から、精神的に不安定になることもある。
しっかりと勝負するなら相応の資金が必要な事を知っておくべきだった。

二つ目は専門知識をもったプロに依頼や相談せず、素人知識でアタリをつけた事かな。
当たり前だけど日々株式市場で戦う専門のプロがいる。
資金力にも乏しいし株式の情報にも疎い。そんな人間が株式投資で勝つための近道は、彼らの戦術を真似して勝ち馬にのるか、プロの投資信託に任せてみる。

その方が素人目線でこれは伸びると目をつけるよりも断然良かったはず。
事実、サブプライムが報道される前に、プロの投資家が新聞の経済コラムで、アメリカの住宅事情がヤバイと警告していて、この記事を知っておけばなあ…

と、頭を抱えたこともあるからね。

資金が乏しいと市場では不利、資金や情報に乏しいなら相応の戦術を取る必要がある。
投資において当然の事実を、身をもって体験させられたよ。
とは言っても、もう株式で大損こくのは御免だからやる気はないけど。

これから株に挑戦したいという人へ

株に挑戦するのは個人の自由だし止める事はしないけど、情報や資金に乏しいなら、素人読みでやるよりプロに任す方をオススメしたい。

大損こいてしくじった人間の言葉、参考にしてくれたら嬉しく思う。

本と服に目がくらみ・・・節制できない私の借金地獄

欲しいものが我慢できない私の性分

私には昔から我慢するという習性はありませんでした。厳密にいえば、自分がいい子でいようとかこれをしたらいけないとかそういう部分での我慢ということはあっても物欲を我慢しようと思ったことがありません。

小さい頃から親がなんでも買い与えてくれ、欲しいものや食べたいもののほとんどが手に入っていたように思います。家族からは愛情を受けて育ちました。ただ、礼儀とか勉強に関しては祖母に厳しく言われていたため人としては普通に成長したかなという感じです。

そんな欲しいままにものを手にしていた私。成人してからもそれは変わりませんでした。私は子供の頃から本が好きでたくさんの本を両親に買ってもらい自分の宝物にしていました。

大人になってからはいろんなジャンルの本に興味を持ち自分が稼いだお金で毎月5~10冊は購入していたと思います。
中古本なんてあり得なかったのでいつも新品を、しかも文庫本ではなく単行本を購入していました。本棚が単行本で埋められていくのが私の楽しみでもありました。

その頃私は22、23歳くらいで一人暮らしを始めていましたが、おしゃれや化粧やお酒などには全く興味がなかったので特にお金に困るということはありませんでした。

恋をしたことからファッションに目覚め浪費が始まる

25歳の頃。それまで興味がなかったファッションや化粧に興味を持つようになりました。

理由は好きな人ができたからです。その人のために化粧品を見直し、流行りのファッションを研究し自分が彼の視界に入るよう努力しました。当然化粧品や洋服でお金は飛んでいきます。

会社帰りに毎日ブティックに立ち寄り欲しい服があれば衝動的に購入しました。いろんな化粧やファッションを試し、中には買っても1度しか着ない服もありました。外見に気を遣うようになっても大好きな本は毎月買い続けていましたし、友人と遊んだり外食したりというの私にとって必要不可欠だったため貯金などする余裕はありませんでした。

お金を使い込むことに多少罪悪感は持っていましたが、自分が稼いだお金だから別にいいよねと言い聞かせていた気がします。

こうして私の生活は毎月赤字になっていき、学生時代から貯めていた定期貯金に手を付けることとなりました。

クレジットカード地獄の始まり

生活費に加え、趣味にお金がかかるため定期的に貯金からお金をおろすのが当たり前になっていきました。結局その当時好きだった人とはうまくいかなかったのですが、それでも物欲が収まることはありませんでした。買い物をすることですっきりしている自分がいるのです。暇さえあればネットでも服や本を探している始末です。

当然のごとく貯金は底をつき、クレジットカードでなければ支払いが追い付かない状況になりました。ただ、その場はカード払いでしのいでもあとには支払いが待っています。いつの間にか毎月カードの支払いに追われる日々となり、生活に余裕がなくなっていきました。

しまいには消費者金融の力を借りる羽目になり、カードローンを背負うこととなりました。私もここまで落ちたかとさすがに落ち込みました。友人との外食にも行けず何をしていても生活の不安が頭をよぎり仕事中もそのことが頭から離れませんでした。さすがに本と服を節制せずにはいられない状況になったのです。

親の寵愛を受けながらもなかば無理やり実家を出て一人暮らしをしていた私は、お金のことで両親に迷惑はかけられないと思っていたため、それほど仲のよくなかった兄にそれとなく相談してみました。

兄は心底呆れ、親には頼るなと言ってきました。兄はその頃新築を購入し子供も生まれたばかりで大変な時期だったため、お金を貸してとはとても言えませんでした。それでも結局10万貸してくれたことに感謝しています。

借金返済のため節約生活スタート

とにかく落ち着いた日常を取り戻すため節約を第一に考えて生活こととなりました。余計なものを買わないのは当然ですが、光熱費や食費など生活費の節約に徹底して取り組みました。

具体的にはテレビはつけない、朝と夜は納豆ご飯で昼はお弁当持参、外食は断る、おやつを食べたくなったら自分で作る、日用品はネットの安いサイトでまとめ買い、無料の保険相談を利用し生命保険を見直しなどなど。
他には新生銀行を開設し家賃の振込手数料を無料にしたり、楽天カードにEdy機能を付けて必要な買い物をEdyで支払うことでポイントを貯めるようにしたりと知恵を絞りました。

Edyは200円につき1ポイント加算されます。光熱費を楽天カードで支払っていたため、その際に付与されるポイントと合わせると結構なポイント数となり、そのポイントを利用して楽天で買い物することもできますし、楽天ポイントをEdyに交換することもできるので大変お得です。

本をどうしても読みたくなった場合は図書館で借りたり、Kindleの無料本を読んで満足しています。以前なら単行本を自分の手元に置いてコレクションとして楽しんでいましたがその趣味とはお別れしました。

服についてはそれまで月5万以上費やしていたためクローゼットの中で溢れ返っており、買い足す必要は全くありません。ブティックをのぞくのもファッション雑誌を見るのもやめました。化粧品は安いものに戻しました。

断捨離で生活環境が一変!?

その当時、断捨離なるものが流行っていました。もともと大ざっぱな性格で昔から片付けや掃除が得意ではないのですが、部屋から物がなくなれば生活の風向きも変わると書かれた本を信じ、意気込んで不要な物を捨てる作業に挑みました。いざ要るものと要らないものを分けてみると要らないものの多いこと多いこと。40ℓのごみ袋が10個でき上がりました。

もう着ることはないであろう服や読むことはない本は売り、その他の必要ないものは容赦なく捨てた結果、本当に部屋が広くなりました。また、心がとてつもなくすっきりしたのを覚えています。決して大げさでなく、今までそこにあった重い荷物が心の荷物であったかのようにもやっとしたものがスッと消えた感覚に陥ったのです。

借金がまだまだ返済できる状況ではなかったため、ここでやっとバイトしなければと思い立ちました。昼は派遣でコールセンターの仕事をし、夜は週4でスナックのバイト生活が始まりました。

日勤の仕事と夜のバイトは正直つらかったですが、気の持ちようが変わったことで朝早く起きられるようになり、以前のように身なりにも気が回るようになりました。

そんな生活が続き、借金の返済もまずまず順調に進み、兄に半分お金を返すことができました。合間を見てネットで小遣い稼ぎしたり、ペットショップへ行きワンちゃんや猫ちゃんに癒されたり、少しずつ気持ちに余裕が出てきたのです。

また、ふいに彼氏もできました。相手はバイト先のスナックで知り合った常連客の男性。大人で落ち着いた人です。私の事情を知っても安易にお金の援助をしてくれるのではなく、静かに温かく見守ってくれました。外食のときや遊びに行くときはお金を出してくれるのでその部分は甘えています。

部屋を片付けたことが直接の理由ではないにしても、部屋から余計なものがなくなったことで心の澱が吐き出され、心境や環境に変化が起こったのは事実です。

私が借金から学んだこと

私は欲しいものを思いのまま買ってしまい借金を作ってしまいました。欲しいものを我慢する必要などないと思い込んでいたのが間違いだったのです。

借金から学んだのは自分を節制し甘やかさないことです。また、痛い目にあって初めてお金の大事さに気づくことができました。

そして、部屋の片付けによって心境に変化が表れ環境が変わるというのは本当のようです。ぜひ、皆さんにも目を向けてもらえたらなと思います

ギャンブル中毒者でも借金を完済できる。ただ道は辛い

借金に手を出したきっかけはパチスロ

始めて借金に手を出したのは、確か20歳ぐらいだったと覚えている。
今からちょうど12~3年前ぐらいだったかな。きっかけはパチスロだったよ。

パチスロを知らない人に簡単に説明するけど、2016年現在のパチスロと
12~3年前、2000年代前半のパチスロは一度に出るスピードが全く違う。
当時のパチスロは、朝開店してからサクッと当たって大爆発した時には
お昼前には10万円近い勝ちになる事も珍しくなかった。
しかもそれ以前の時代は更に爆発力があったって事だからとんでもない話だ。
もちろん今の機種はそんな出玉性能は抑えられているけどね。

まあ一応成人していたしフリーターだったから、それなりに収入もあった。
ちょっと軍資金が足りないなと思って、消費者金融に申し込んでみたら
あっさりと10万円の融資がおりた。当時はちょろいものだと思っていたが
あの時、ここで手を出さなければと今も後悔している。

「増額しませんか?」魅惑の言葉に惑わされ

多分ここまで見た人は、ある程度自分の末路を察してくれたと思うが、もう少し詳細にその後の経緯を述べてみよう。

始めて消費者金融に申し込んで10万円の融資がおりたけど
その10万円は1日であっという間にパチスロ台に飲まれてしまった。
10万円1日で無くすとかありえない!?そう思うかもしれないけど
先に述べた2000年代のパチスロの特徴を思い出してほしい。
さくっと10万円出るって事は、その逆も十分ありえる。むしろ逆噴射する事の方が当然だけど多い。

もちろんやってしまったものは仕方ない。毎月のパチスロ代を我慢して
返済にあてるしかないなとバイトを頑張っていたよ。
月2万円程度の半年で完済を目指していて、ようやく完済も見えた4ヶ月目のある日。
「今なら融資額を30万円に増やせますよ」
借りた先からそんな電話がかかってきた。

別に増やしてもらったからって借金が増える可能性が出てくるだけだ。
しかし当時の俺は、融資額が増える=またパチスロが打てる!と結びついたのだろう。
お願いしますと一言だけ伝えて即日増やしてもらった。

ここも今でも後悔しているポイントだな。

そして多重債務、お決まりの破滅ロードへ…

融資額は増えた、しかしギャンブルはたまに勝つことはあってもトータルでは負ける。
当然だけど負けが込んでいき、遂には30万円全て借り入れてしまった。
そして見計らったかのように来る融資額の増額の電話。
あとは返済しては借りて、たまに融資額増額のループを繰り返して
気づいたときには借金の総額は利息含めて60万円。

この状況をまずい程度に思った自分は愚かだと思う。
何故ならもっとパチスロで取り返さなきゃ!なんて考えてしまったのだから。
そう考えた人間がどうするか分かるだろうか?

遂には自分の生活費、家賃や電気代など日々の生活費まで使い込んでしまう有様さ。
もちろんそんな金を突っ込んで取り返せる保証もない。
とある賭博の漫画風に言うなら圧倒的…泥沼…!そんな感じだよ。
今なら当時は頭イカレてるって笑えるけど、かなり切羽詰まっていたね。

そして家賃すら使い込んだ挙句、どうしようもなくなった。
そこで今回が最後だからと、別の消費者金融に申し込んだ。
これで金輪際、パチスロからは足を洗うと真面目に働くと誓って…。

その祈りが通じたのか、5万円の融資がおりた。
とりあえず家賃と携帯代は払える。その他の生活費は待ってもらったり
クレジットカードのショッピングで食費は賄った。

気づいたときには返済だけで一杯一杯

さすがにこれ以降はパチスロに手を出すことはなくなった。
そもそも当時の収入はバイト代で15万円程度だったけど、月々の返済と家賃を合わせれば
返済額だけで8万円近く飛んでいた。
後はそこから電気代やガス代、交通費通信費などの生活費の支払いをすると
ギリギリの食費しか残っていなかったからね。

パチスロを遊びにいこうにも物理的にいけなかった事も
今から思うとパチスロから離れる良いきっかけになったと思う。
最初は5万円の融資をしてくれた2社目を返済し、返済後は2社目の分を1社目の返済額にあてた。

その甲斐もあってか、1年半後にはようやく全ての借金を返済することが出来た。
ただその間は本当にパチスロに行きたくてしょうがなかったのは事実。
最後に一度も行かずに返済できた自分なりの方法を解説したいと思う。

俺はこんな方法で借金を返済した

パチスロに行きたい気持ちを抑えながら借金を返すのは非常に辛かった。
でも自分は次の二つの方法でパチスロから離れることが出来たので
最後にその二つを紹介しよう。

1つはパチスロ以外にも趣味を持ったことがある。
どうせ楽しむなら数千円程度で楽しめる娯楽を探し始めた。
例えば美味しい食事を食べ歩きや、スーパー銭湯では5000円もかからないのに一日中楽しめるし
図書館で雑誌や書籍を読みふけって、一日中入り浸っていたとしても無料。
コスパがぜんぜん違う事に気づいてからはパチスロに行くのが馬鹿らしくなった。

そうは言っても長らく染み付いたギャンブルの味はそう忘れられるものじゃない。
そこで2つ目の方法だけど、1つ目の数千円で楽しめる娯楽を探していた時に
ゲームセンターでもパチスロ台は置いてある事に気づいた。
だからどうしても打ちたくてしょうがない時は、ゲームセンターにいって気持ちを落ち着かせていた。
たまにゲームセンターで大爆発を起こした日には、パチ屋でやれよ…と
苦笑いしたのも今では良い思い出かもしれない。

今思えばギャンブル依存症にかかっていたと思う。
ギャンブル依存症が原因で借金や債務整理をする事は珍しくない話と後々知ったけど
誰かに迷惑かける前に克服できた自分のケースはかなりラッキーかな。

その後はSEとして働いて現在に至る。一応今のところはパチ屋に行くことはないけど
今でもたまに虫がうずくことは実はあったりする。

借金してまでギャンブルだけはするな!

株やギャンブルは余ったお金でやれと言うけど
自分の体験から言うと、余ったお金でもギャンブルはするべきじゃないと思う。
それがきっかけで身を滅ぼしかねないから。
もし今ギャンブルの事で頭一杯なら、一度深呼吸して考え直す事をオススメするよ。

【体験談】我が家の波乱な節約&ローン生活

待望の妊娠。不安と共に始まった節約生活。

結婚したとき旦那は社員ではなかった。でも私のパート代もあり、裕福ではなかったが貯蓄もしていた。

待望の長男が生まれ、ありがたいことに旦那も正社員となった。でも、私はパートを辞め、月13万ほどの給料でのやり繰り生活が始まった。家賃はとても古い家で3万円と格安だったためかなり助かった。残り10万で保険、携帯、光熱費、食費をなんとかやりくりした。年払いできるものは全て年払いに変えた。そうすることで年間5千円ほど安くなる。

時間はあったため、買い物は何店舗かはしごし売り出し商品を買って食費を節約。
私が働けばそれでいいといわれるかもしれないが、子供が1歳になるまでは、どうしても離れたくなかった。児童手当は手を付けず教育資金にしようと決めていたので、そのまま貯蓄に回していた。子供にもらったお祝い等も貯蓄に回す。

2人目妊娠。さらに厳しくなる我が家の生活。

4人家族になった頃、旦那の給料は14万位になっていた。それでもまだまだ厳しい生活。節約雑誌を読み、節約料理、節約術を実践。下の子が1歳になったと同時に、私はパートにでた。08:50~15:50で、月7万程になった。

私の給料は保育料、レジャー費、貯蓄といった使い道。これにより大分楽にはなった。この頃、児童手当と、お祝い等でもらったお金が130万程貯まり、学資保険に入ることを決めた。学資は一括で払うことにした。130万程払って、最終的には150万ほど受け取れる。

約20万利子がつく計算となる。いざという時に使えない不安はあったが、先の事を考えると必要な保険と考えた。やっと、少し楽になったかな、と思っていた矢先、家のトラブルが発生し引っ越しを考えることとなった。

引っ越しを決意し家探しを始める。

とても古い家だった為、家の中に虫が大量発生し住む気になれず、引っ越しを決めた。この時、家を買う事なんて全く考えていなかった。が、いざ家探しを始めると賃貸でも月6万円以下の所はほぼない。5万円代の所は古いか狭いかで、なかなか条件の合った所が見つからない。

そんな時、不動産の方より購入しても月々の金額はそんなに変わらない所もある、と購入物件を進められた。それから、賃貸と分譲を同時に探し始めた。希望範囲を少し広げるなどして、何カ所も見に行き探し続けた。

引っ越しを決めてから半年ほど経った頃、場所、金額ともに条件を満たすところが見つかり、悩んだ末、家の購入を決めた。この時、3人欲しかった子供は諦めることを旦那と決めた。

家購入を決め、予定外のお金が多かったことにビックリ。

1980万円の家を購入した。手続きを進めていくと、手数料や登記簿料など170万円プラスとなり、2150万円になった。旦那の名義では2100万円までしかローンが組めず50万円現金で支払い2100万円のローンを組んだ。

それから、地鎮祭に棟上げ。今はしている人も少ないとの事でしなくてもいいのでは、と思ったが、旦那が一生住む家だから、との強い希望で行うことにした。

電化製品に家具、引っ越し費用と、思っていた以上にお金が必要となった。電化製品、家具も使えるものは全て持っていくことにし、どうしても必要なものはカードの1割還元期間に買い物するなど、少しでも安く買った。引っ越しも業者に頼むつもりだったが予算オーバーで親戚に声をかけ自分たちですることにした。

やっと落ち着いた、と思ったら…

引っ越しも終わり半年経ち、生活リズムも落ち着いてきた頃、思わぬ妊娠が発覚した。

やっと安定してきたこの生活。育児休暇などあるわけもなく、出産となるとパートも辞めなくてはならない。パート代あっての我が家の生活。どう考えてもお金が足りず、やっていけない。不安で不安で、常にやり繰りの事ばかり考える毎日。何度考えても旦那の給料だけではやっていけない。こんなに不安ばかりで、お腹の子に申し訳ないが不安は消えない。

旦那に相談してもなんとかなる。との事。とりあえず、今できるだけ切り詰めて、少しでも貯蓄を増やしておこうと思っている。長い事実践しているやり繰り方がある。33日やり繰り。食費を33日でやっていく。すると年1度食費の要らない月がでてくる。これはお勧め。

そんなギリギリ生活の我が家ですが…

生活はギリギリでもなんだかんだ結婚して7年目を迎えた。お金は無くても、笑顔は絶えなかったような気がする。家族4人贅沢しなくても楽しみながら生活してこれたのかな、と思う。これから5人になり、さらに厳しい家計になる我が家ですが、5人で笑って生活出来たらいいのかな。

株は失敗の嵐?初心者だから知っておきたい、株の失敗体験談

優待物に目をくらませて株を買って失敗

『この銘柄は近くのお店で使える優待券がもらえるのか。あ、こっちの銘柄は私が使っている1万円相当の化粧品がもらえる。え、コッチの株はQuoカードがもらえるじゃない。お得だわ。』、初心者の方には優待物も楽しみの一つですね。でもこの豪華な優待物というのは実はトラップなのです。

何故トラップなのかというと、会社の社長は海外ファンドや国内ファンドに株主になってもらうより、ガツガツしていない個人投資家に長期で安定的な株主になってもらいたいからです。なぜかと言うと、業績が悪いとファンド勢は社長の解任・交代を求める可能性がある、いわゆる物言う株主になるからです。それに比べ、ガツガツしていない個人投資家は株主総会でも賛否を出さなかったりしますので、そういった方で構成されれば社長の座に長く居座り息子を次期社長にするなど会社を所有物化できて楽なのです。

こういった有体物に力をいれる企業の大半は、株主価値の上昇に目を向けない責任感の薄い社長がトップですので、ファンドなどの巨額資金を運用するプロは嫌い、日経平均が上がっていても反応しない事が多くなります。

一単元の株価が小さすぎる株を買って失敗

よくありがちなのは、『100万円の資金を使って投資しよう。株は同じ銘柄に投資しないで分散させたら分散投資効果があるはず。じゃあ、5万円ずつ、20銘柄に分けて投資してみよう。』といった考え方です。

1単元の株価は企業側が変更することにより、比較的自由に調整できる為5万円以下で買える株は沢山ありますが、企業側からみますと株主が細かく細分化されるのは事務コストの上昇につながり何一ついいことはありません。

例えば年間で4回は四半期毎に報告書を送らなければならないのに、1単元1000円で株価を調整している会社の社長は、株で集めたお金は全て郵送代で消える無駄を放置しているコスト意識の低い社長とみなす事が出来ます。

なぜこの様な不合理な行動をとっているのかと言うと、先にあげたのと同じ、物言わない株主を多く増やし、会社の成長ではなく会社の私物化を目的としている為です。もちろんそんな会社ばかりでなく、一単元の株価が大きければいい訳ではありませんが、概ね一単元20万円以上の企業目を向けないようにした方が無難といえます。

新聞の一面に出た名前の企業を買ってはいけない

日経新聞の一面にトヨタ大幅増収と出た、儲かっている会社の株はみんなが買うから買いだよね。』といった飛びつきは初心者にありがちです。日経天井といった言葉があり、日経新聞に業績が出たときにはその業績は全て織り込まれている為、逆にそのニュースを最後に材料出尽くしで下がっていく事のほうが多かったりします。

株に投資をする上で重要なのは、その企業の『今』ではなく『将来』を予測して買うことです。例えば、本日円安が続き、今後も円安基調は止まりそうにないのであれば、海外、特に北米向けの自動車を販売しているトヨタにとって競争力の追い風になりますから、来期の増収を見越して本日買えばいいですし、逆であれば手をつけない、若しくは売ればいいということになります

値動きがいいといった理由でIPO銘柄を買ってはいけない

IPO銘柄とは未上場企業の株式が上場審査を経て新規公開した銘柄のこと(IPO:initial public offering)を言います。この公募価格の付け方は、その未上場企業を上場させる主幹事となった証券会社が色々な側面から企業の現在の状況、今後の成長性を見て値付けをします。この今後の成長性を見てと言うのが証券会社のお手盛りが入りやすい部分で、公募価格が実勢より高く値付けされる可能性があるのです。

例えば、成熟した企業の株価は毎年利益が出ており、利益から配当を出し株主に還元していきます。全ての銘柄が一概には言えないのですが、だいたい一株あたりの利益(EPS)の20倍位が株価の適正な水準といったイメージが存在しています。

それに対し、IPO銘柄は一株あたりの利益(EPS)が200倍を適正として値付けしたり、下手したら会社創立以来赤字であるが特殊な技術を持っているので、売れたら爆発的に成長するはずと、高い公募価格を値付けしているケースもあります。

もちろん、目論見どおり成長したらいいのですが、最初の上場日から泣かず飛ばず株価は上場当初から下がり続けた銘柄も少なくありません。

IPO銘柄の公募や寄付きは一番値動きが激しいので、大きく儲かることもありますがその逆に逃げ遅れる人が多数存在します。独自の成長性を無抜ける銘柄選別が出来ないうちは手を出さない方が無難です。

株の営業マンや投資に詳しい人にお勧め株を聞いて買って失敗

株の営業マンは初心者よりも株の勉強をしていますので、頼りにしてしまうかもしれません。実はこれは危険な行為なのです。株の営業マンは毎日のノルマに追われていますので、貴方が儲かる事にはあまり興味がありません。数百万円の資産で買う株の手数料は少ないので、対面式の証券口座を大手証券で開いたとしても株ではなく投資信託を薦められて終わりになる事になるでしょう。

また、投資に詳しい人にお勧め株を聞くのも良くありません。投資に詳しいと言っても下手の横好きであったり、たまたま相場環境で儲けが出ていたりと様々な人が居ます。本当に投資に詳しく、継続的な収益を上げている人はお勧め株を聞いても教えてはくれません。

頼れるのは自分の知識のみ、知識の向学を図りましょう

ここまで読んだ方はアレも駄目、コレも駄目と窮屈に感じられたかもしれません。投資と言うものは、元来より難しいものなのです。いきなり全額をつぎ込むのではなく、まずは投資の基本を勉強し、ある程度流れや何が原因で上がっているのか、下がっているのかが読めるようになるまで知識を積んでから実際の大きな投資をするようにしましょう。

【FX体験談】FXは堅実にやっていくこと<自営業40歳の私が経験したFXの怖さ>

FXって結構いいじゃないと思い、始めました。

FXと言う名称は随分前から見知ってはいましたが、ただ単に株式投資と同じようなものなのだろうと思っていました。でも、書店で興味本位に開いた教本のような書籍を見て、「これなら」と感じたのです。

株価は下がると、損を大きくしない為に売るか、もしくはじっと持ったまま我慢するかで「儲け」という度合いが少なくなるものと認識しています。

でも、FXは円が高くなっても安くなっても儲けを出せる方法があるし、スワップも魅力的に感じられました。しかも、ほぼ24時間取引できる。早速始めます。稼げるような気がしたのです。

ネットで申し込みます。免許証の画像やら送信して申し込み手続きは完了。甚だ簡単な手続きでした。その後にFX会社から書類が到着して、初めてのログインが完了しました。

2015年8月、貯金から20万円を入金してのスタートです。

ビギナーズラックは本当にあった。

米ドル/円でちょこちょこ注文しては損切りすることが多かったのですが、ある時驚くことが起こったのです。
試しにと思いNZドル/円に当日限りの売り注文をオーダーしました。一晩経ちましたが、思っていたレートには行かずにその注文は不成立になりました。いいえ、不成立になったと思い込んでいたのです。

そこから何日か経った時のことです。ポジションは無いのですが、損益の数字が微妙に動いているのです。「ああ、レートは常に動くからそれに応じて損益も変わるのだ。注文していなくても増減するなんて、気をつけないといけない。」などと勝手な解釈です。でも、落ち着いて考えると、そんなことおかしいのです。「何だろう」といろいろ考えましたが、米ドル以外の取引画面を見ていなかった為にわからなかったのです。でも、たまたまNZドルを覗いたらその訳がありました。

「3万も勝っている!」あの時の注文は当日限りのつもりだったのが、当日限りに設定できていなかったのです。それが後日になって指定レートに到達したものだから、こんなことに。「どうしよう。どうしよう、これ。」と迷いましたが、レートが上がる方向になったので決済しました。

うれしかったです。でも、その注文は損切りの設定はしていませんでした。場合によっては損を抱えたまま気付かないという可能性もあったのです。偶然、幸運へと転がっていただけです。未熟者がよくわからずに起こしたこと、結果的にまさしくビギナーのラックでした。

「上がったら下がるのだ」と調子づいていた頃。

その後は米ドル/円だけで取引を続けました。相変わらず注文を出しては少額でも利益が出ると速攻決済です。微々たる金額です。かたや、損が出ていると決済に踏み切るのがいつも遅くなりがちです。良くも悪くも負けず嫌いなのでしょう。

そんな時に気付いたことがあります。「そう言えば、このレートってちょっと前も通ったよな。」
そこから方針を変えました。損切りをしないと。そうすると毎日の決済結果はプラスばかりになりました。それに、放置していた注文も、回り回って結局利益で残せるようなことが続きます。

「上がったら下がるのだ」が、FXなのだと思いました。始めてから2か月、最初は結果を出せないでいましたが、なんだかんだ収支の累計はプラスで7万円を超えています。
「FXだけでメシが食えるようになるのでは。」と調子に乗っていました。

含み損があってもいつかは戻ってくる。レートは急激に大きく変わるのではない。実際に重要指標の発表で急変動はあっても、急であればある程早く戻る状況も見ています。上がったり下がったりを繰り返しながら、じわっと、ゆっくりと、緩やかに、円高か円安に動くのだ。気をつけていればロスカットなんてならない。そう思っていました。

ツケを払う日がやってきました。

2015年10月中旬頃です。FXを始めて2か月、収支累計がプラス7万を数えて直ぐの時期。120円前後をうろうろしていた米ドル/円が2日程度で118円を割りそうなレベルになりました。含み損が急増してロスカットが怖くなり、泣く泣くまとめて損切りしました。12,000円の損です。

「まだまだ。これから取り戻せばいい。」と思いました。新規注文しようにも証拠金が少なくなっていたので資金を追加投入します。
10月後半は120円を中心にした動きです。私は、相変わらず逆指値を設定しない取引を続けました。

しかし、11月に入ると動きは変わり、一時124円を突破するのではという所まで行きます。この頃は自発的に損切りするようになっていました。だから、日々の収支でマイナス、それも万単位の数字もあります。

でも「損を見たくない。」という意固地さから逆指値をつけない注文方法を変えられません。取引規模は小さくしていきました。正しくは小さくせざるを得ない状況でした。しかし、含み損を持つ日は続きます。証拠金は減っていきますから、いよいよロスカットが現実味を帯びてくるのです。

2016年2月にとうとうやってきました。ロスカットです。

何となくもうダメだなと思って、諦めていました。だから自らその前に損切りに着手しなかったのです。

ロスカットは発生させてはいけないもの=嫌なものと考えていました。もちろん、そんな状況こそがダメなことなのです。でも、落ち着いてくるにつれ、これはダメな自分が奈落の底に落ちるのを止めてくれる、有り難いシステムなのだと思い直しました。

あのままだと、負けを取り戻そうと貯金をつぎ込んでもっと損したかも知れません。それに待ったをかけてくれたのです。

現在は小さく取引しています。でも、注文方法を変えられないでいます。

投入して資産にした額は最大で40万円でした。それが半分の20万円、つまり始めた当時の数字に戻ったのです。
ロスカットに遭遇してから、しばらくFXから遠ざかりました。

でも今はまたやっています。相変わらず逆指値のない注文で続けています。これを書いている時点での含み損は8,000円程です。証拠金維持率としては1000%を超えているので余程の相場変動がなければ大丈夫なレベルには抑えています。小さなと言うか、身の丈にあった取引だから余裕があるのです。金額的も精神的にも。「戻ってくるはず」と根拠のない自信で次々注文を入れていた頃と全く違います。プラスの決済を見ることだって、ちゃんとあります。

まあそれでも、リスクを抱えていることには変わらないのですが。

余裕があるだけに注文を次々と入れたい気分は満ちています。しかし、今は我慢、我慢をと自分に言い聞かせて自制しています。
指標発表の結果を見てトレンドがあればそれに乗っかる、という程度で注文しようと思っています。何とか含み損を解消できる方向へ行ってほしいと毎日願っています。それがいけないのですけどね。まだまだ自発的に損切りできない性質なのが悩みです。

大きな夢を見ず、手堅くやればやっていけると思います。

FXだけで生計を立てられるのは大金持ちだけだと、何かで聞いたことがあります。本当にその通りだと今は思っています。
先ずは小遣い程度を稼ぐつもりでやらないと失敗してしまいます。

差し引きで消えた20万円を取り戻す可能性は充分あると思います。それは随分先になりそうですが、できるはずです。

離れた家族を助けて借金してしまうと…

すべては父親が死んで、遺産相続から始まりました。

すべては父親が死んで遺産相続から始まりました。4人兄弟の長男の私は実家を離れて妻と子供2人の4人で暮らしていました。
実家の跡取りはほぼ放棄して三男が親と実家に同居し、後を継ぐことになっていました。次男は実家近くに家を建てて三男をサポートしながら親の面倒を見ていました。

私と長女は実家を離れていたのですが、父親が末期がんで発見後一ヶ月で他界してしまいました。
父親は田舎の地主の本家跡取りで土地を持ち、借家を6軒ほど持っていました。父親の葬儀も終わり遺産について兄弟で話し合い、私と長女は実家を離れ20年近くになるのですべての財産は次男と三男に引き継いでもらうことにして、弁護士を通じて財産放棄をすることにしました。

そこからすべてが始まったのです。

財産処分すると税金がかかることをわかっていないと大変なことに

三男は実家の土地を引き継いでそのまま実家に住むことになりよかったのですが、次男が問題でした。借家を引き継いだ彼は持ち家があるので借家6軒を売却することにしたのです。

彼は相続税、不動産売却税のことを全くわかっておらず、売却したお金を全て使ってしまいました。その翌年、当然のことながら税金がびっくりするくらいの金額できました。

せっぱつぱった彼は母親に泣きつきましたが母もどうすることもできず、長男である私に助けを求めてきました。

自分の実家の恥ずかしい話を私は妻に相談できず悩んだ末に消費者金融を4件ほどまわり200万円を準備して次男に渡しました。もちろん私が借りたのですが、月々の支払いは当事者の次男が支払うとゆう約束での借金でした。

兄弟だからといって安心したら絶対に駄目です。

結果として最初の2ヶ月だけでした、次男がお金を返済したのは。
もともと浪費癖のあった彼は借家を売却したお金を自分の借金の返済にあてていたのでそのお金はほとんど残っておらず、自分の借金がなくなったことでまた悪い虫がでてしまい新車や家電をローンで購入していて、しかも私が貸したお金も税金に使わず遊行費で使い切ってしまい差し押さえがきて夜逃げしてしまいました。

私は愕然としてしまいましたが、妻に内緒でしている借金ですので何とかしなければと思いましたが、会社員である私はバイトもできず結局別の金融会社から借りて返す自転車操業するしかありませんでした。

この時点で妻に正直に話して協力してもらえばまだ何とかなったのかもしれませんが、それをしなかった為結局支払いができなくなり督促状が家に届いてしまい妻にばれてしまいました。

全ての金融会社に相談して新しい返済計画をたててもらい返済中

最終的に金融会社5社から320万円の借金に膨れ上がっていました。もちろん月々の返済も滞ってしまい一括返済の話も相手から出されたのですが到底無理な話ですので、各金融会社の担当者さんと話し合い、月々いくらまでなら払えるか現実的な話をさてもらい現在各社約1万円の支払いで長いところで2年間の期間で支払うことで何とかやっています。

妻にこの借金は二人で返していこうと言ってもらい、私は休日は日払いのバイト、平日はポスティングのバイトを帰宅後1~2時間することでなんとか返済していっています。

妻も自宅で内職をするなどこの2年間は必死で働いて返済していこうと二人で頑張っています。

親・兄弟もお金のことは別問題で考えて、時には見放すことも必要。

弟だからちゃんと返してくれる、親だから大丈夫とか信用したら駄目です。身内だからこそ「まあいいか、兄弟なんだし」と意外と他人より甘くなるんです。

今回のことでよくわかりました。身内にお金のことで何かあったら、返済はないものだと思って、あげたと思える金額くらしか渡さないようにしましょう。

遠くの身内より近くの他人と言いますが、今回のことで本当にそう思いました。

曲がり角のアベノミックス、投資判断の失敗で儲けきれず

●アベノミックスを信じて株式投資に参入した人の悲喜こもごも

民主党政権ではデフレが続き、円高ドル安で株式市場も低迷が続いていました。 
そのあとに就任した自民党の安倍政権ではデフレ脱却・経済再生を最優先に掲げ国民の信任を集めました。 
確かに日銀の黒田総裁の突然発射されるバズーカーにマーケットはドキモを抜かれ、過剰なまでに好反応示しました。

その結果、民主党政権で株価が10,000万円切っていたのが、安倍政権の2015年には6~7月には20,500を超えるという、まさに驚異的な上昇トレンドになったのです。  
その波に乗れた個人投資家はウハウハでしょうが、のこのこ20,000円を超えて株式市場に参入した一人の投資家としては今にしては忸怩(じくじ)たる思いです。
というのもこの上昇トレンドは確実だと考え、2015年春頃からおっとり刀で参入したのです。

結果論ですが、アベノミックスが曲がり角にきており、この時期が安倍政権では最高の株価ということになる
可能性が大きいと思われます。

●株式市場はまさにグローバル市場で情報戦!

「Moneyに国境はない」とよく言われますが、株式・金融にも当然ながら国境はありません。  
自由主義経済の盟主アメリカの動きに世界の株式市場は左右されるのは当然です。 
  
それ以外にも、ここ数年内に起こったギリシャ経済問題・新興国通貨問題・中国バブル崩壊に伴う経済不振問題と次から次へと湧き上がってきます。  
2016年になっても力強さを欠くアメリカ経済・中国経済の不透明な構造改革・原油価格に影響するOPECの協調歩調の可能性・くすぶるイギリスのEU離脱などなど、世界の経済ひいては株価に影響を与えるのです。
このようなことを一個人投資家が考えて株式投資をするなんて言うことは無理というものでしょう。

このような日本の株式市場にも日々6O%強の外国人投資家が参入しているのです。
そうなると各種ネットで収集した情報を、自分の信念で「この株なら間違いなし」と思って売り買いするしか
手がありません。  
高度に進んだ情報戦・コンピューターに「竹・槍(やり)」で立ち向かうようなものです。
その上兵站(へいたん)には有り余る物資・弾薬(株式でいえばたっぷりの資金)があるのです。 
個人投資家はそれ知っただけで、戦意喪失してしまいます。
その中であえて個人投資家として参入したのが、2015年の春からの内需株(不動産株・建設・コンビニ・銀行
など)の中、東京オリンピックで活気づく建設株・大手不動産株を購入しました。

●株式投資は攻める時は攻め、引く時は引いて静観することも大事!

今回2015年春からの投資で学んだことは、「攻める時は攻め、引く時は引いて静観することも大事」ということです。  

振り返ってみれば、「何時(いつ)引き時か」を判断するのが急激に中国経済低迷で下落したものの、すぐに復活すると考えたのです。 

確かに中国経済はバブルになっているとの情報もありましたが、国がソフトランディングさせると考えたのです。  しかし結果は「あれよあれよの下落」で春の儲けをすっかり吐き出してしまいました。  

もっと早いタイミングで、売っておけばと悔やまれますが、素人が株に向かうとこんなものなのかと自虐的になります。
不思議なもので損失が出るとカバーしようと深みに入り込んでしまうので、損切(ロスカット)ルールとして15%をセットしておいたので大きな損は出ていませんが、儲けにはとても至りませんでした。

●素人の株式投資への参入の難しさ

ここでいう素人とは全く株式に知識がないと人ということではなく、株式を少しはやってきて、そこそこの知識は持っているものの、株にのめり込むまでにならない人です。

本来はこのような人が「資産形成に株式投資が一番と思えるような制度が望ましい」のです。
しかしグローバル経済の下、他国のマーケットと競わなければならず、先進国の株式市場制度に近づけた結果、投資家の数は増えマーケットが活性化されましたが、反面従来の一般個人投資家には対応し難いマーケットのような気がします。

そう考えると「大手証券会社の投資信託を購入したほうがまだ安全なのか」ということに帰着されます。
2016年2月にはマイナス金利が実施され、ますます低金利時代に入りました。 年金だけでは老後の資産形成がままならない中、株式がらみの投資は不可欠です。  直接の株式投資か、それとも投資信託か難しいところです。

●曲がり角のアベノミックス、投資判断の失敗で儲けきれず:まとめ

デフレ脱却を謳(うた)ったアベノミックス効果で、株式市場が活性化し安倍政権が持続する限り、右肩上がりが持続すると思われましたが、グローバル経済の中、株価の大きく変動しました。  
その結果「投資判断を間違えると厳しい結果になる」ことを味わったのです。

「脱サラして株式で老後財産形成」の虚構の現実(株失敗談)

●株式投資の銘柄選びは?

市川君はサラリーマン時代から株式投資に興味を持っていました。 
ただ現役時代は仕事が最優先で、株式は帰宅してから時々ネットで情報を見て、配当利回りの良い銘柄でかつ大企業中心に選択的に投資していました。

退職してからは値上がり率の高そうな銘柄を諸々の情報誌・ネットから仕入れました。

銘柄も1部2部に留まらず、新興市場にまで範囲を広げ、5~7銘柄程度に絞って投資するようにして、早期に資産形成しようとリスクを覚悟で挑戦しました。

途中購入した株が運悪く値下がりしたときは、15%下がれば「損切する(ロスカット)」というルールを設け、機械的に実行しました。  
上昇株のトレンドも一定のルールを設け、20%上昇すれば「利食う」というルールにしました。

市川君はこの原則を「情」を入れずに売買することは「欲と恐怖」の2面で相当迷いがあったと言っていました。

●少額資金で行う株式投資の難しさ!

株式投資で多くの投資家は「レバレッジを効かせることで、リスクヘッジできるので、現物取引にとどまらず、信用取引をする」ことが多いのですが、市川君の場合ハイリスク・ハイリターンは虎の子の退職金なので、委託証拠金(委託保証金)として預託するだけの覚悟はありませんでした。  
 
委託証拠金は約定額の30%で投資ができるので、委託証拠金に手持ちの750万円を全額投入すれば、2,500万円の信用取引ができますが、株価の変動が大きい時にはリスキーです。
なぜなら歳も還暦を過ぎ、損失が大きくなればリカバリーできないと考えたのです。

そうなると収益を上げるには、

①値動きの変動が大きい銘柄を見つけて、波に乗って売り買いを頻繁に繰り返すか、
②確実に上昇トレンドに乗った銘柄を見つけるか、

ということになります。
①、②を確実に見つけることは個人投資家では極めて難しいと市川君は言います。

●失敗談その1

市川君の話では、大型金融株は産業の血液として、重要な役割を果たすと考え、着実に値上がりしていき、
配当利回りも悪くないと考えました。 

1999年日銀は実質ゼロ金利政策を打ち出し、翌年経済が好転した矢先、アメリカ発ITバブル崩壊があって、再びデフレとゼロ金利が共存する時期が続き、2012年12月第2次安倍内閣は「3本の矢でデフレ脱却」を宣言し、その後の日銀の異次元金融緩和で世の中が動意づいたのです。

市川君はこのインフレ傾向が持続すると考え、2014年退職したのです。 

2014年は株価が変動はあったものの、1年間を通してみると右肩上がりで、そここそ利益が確保できました。 
2015年はガラッと様子が変わり2014年の利益を吐き出してしまったのです。

特に2015年夏ごろから中国景気減速が顕著になってきたのです。  
このような「世界の景気に敏感に反応するご時世、日本にだけ目を向けていてもだめだ!」と分かったというのです。
  
確かに日本の株式市場は外国人投資家が日々の売買で60%超と言われ、下げるときはさっと引き上げる単なる
売り買いだけで、クールなのです。  
とてものんびり屋で「企業の経営方針に惚れ込んで投資する」市川君では太刀打ちできないというのです。
2016年1月の日銀の「マイナス金利導入発表」に至っては致命的でした。 
銀行・金融関連株は致命的な打撃をこうむってしまいました。

●失敗談その2

金融株以外にはアップルのスマホブームにあやかり半導体関連株を対象に選びました。
これも2015年はよかったのですが、中国市場の減速、さらにはここにきてアップル社の変調で、バラ色に描いていた株価が、すっかり様子がおかしくなってきていることです。

株価は為替変動要因をもろに受け、アベノミックススタート当初の125円/$が105円/$を伺う円高局面では輸出企業はどうにもなりません。 
せっかく海外立地を縮小して国内回帰に舵を切った矢先の円高、これが続けば、経常黒字幅も縮小しかねません。その上フォローの風、「原油安」も中東情勢の不安定さを考えると、今年は上昇に向かうのではないでしょうか?

もろもろの世界情勢・世界経済と無関係に日本の株価が動くわけでなく、「あくまで世界の株式の中の日本の株式だ」という今までの独りよがりのセオリーでは、どうにも太刀打ちできないことが分かったと市川君は言うのです。

●失敗談総括

このように株式投資で経済が緩やかに成長しているご時世では、素人でも何とかなるのでしょうが、昨今変動の激しい株式市場・為替市場だと素人が安易に参入しても利益が得られないことがはっきりしました。

「株式で老後資産を形成するなんて夢のまた夢」です。  

唯一自分を慰めているのは、ここにきて「GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の運用実績もマイナスになっている」ということだと言います。

反省点は

①短期すなわち半年で収益を評価するもしくは1年で収益を評価することで判断していましたが、もっと長期レンジで見たほうが良いのか?
②世界経済と日本経済は当然連動しています。日本の経済すなわちアベノミックス効果だけで株式を見ていてもダメだ
③アベノミックスが変調をきたし、インフレになかなかならない現状では、株価も上昇トレンドにならないことを意識して、資金を引き揚げる勇気が必要だと言います。

●「脱サラして株式で老後財産形成」の虚構:まとめ

虎の子の退職金を株式投資に回し、低金利時代の資産形成は株式しかないと思って今までの素人経験だけで、株式投資に参入しましたが、素人には難しく虎の子の退職金を目減りさせてしまったのです。

憧れのブランドバックから始まった借金生活

初めての一人暮らし、初めてのやりくり

大学生になって一人暮らしを始めた頃、親からの仕送りに頼った生活をしていました。
その頃はまだ親の仕事の景気も良く、お金が足りないと言えばぽんぽんお金を送ってくれたものです。

初めての一人暮らしですから何にどれくらいお金がかかるのか、相場もよく分かりません。それまではお小遣いの5千円くらいしか持ったことがありませんでしたが、一人暮らしになると何万円も必要になります。大金を手にしたこともあり財布の紐もゆるくなった状態であまり考えずにお金を使っていました。

家計簿なんてつけたことはありませんでした。
考えなくてもなんとかなってしまったのは、結果的には全く良くないことだったのですがその当時はまだ気付いていませんでした。

20歳になって出来るようになったこと

若い頃は何かと欲しいものもたくさんあります。特に洋服や化粧品など、いくらあっても足りませんね。大学に通っていると、ブランド物のバッグを持っている友達もたくさんいます。よく考えたら分相応ではないんですが、羨ましいと心の中ではいつも思っていました。

20歳になると日本では大人扱いをしてもらえて、自分で自由に契約をすることが出来ます。そんな物欲にまみれた20歳の女の子が高い買い物をするためには、ローンで買う方法もあることを知っていました。

一人前の大人なんだと勘違いした私は、前から欲しいと思っていたブランド物のお店で欲しいと思っていたバッグを買うことにしました。バッグと、おそろいのお財布、2つ合わせて20万円です。分割で月1万円からで買えるということで喜んで買うことにしました。

増えだした毎月の支払い

お金を貯めるということは一切していませんでした。何度か貯め始めてはいたのですが、結局月末に足りなくなれば引き出してしまいます。アルバイトもしていましたが月せいぜい5万円ほどです。ちょうどその頃、親からの仕送りの額も減り始めていました。アルバイト代は生活費になり、自分の欲しいものは買えなくなってきていたのです。

一人娘ということもあり、それまで欲しいものは何でも買ってもらうことが出来ていました。なので急に物が買えなくなったからといっても我慢するのは本当に辛いことです。その少ないアルバイト代からバッグのローン代を支払えばお金は当然ながら足りなくなります。足りない時に便利なのがクレジットカードです。クレジットカードを使えばいつでも欲しいものがすぐに買えてしまいますし、まるでお金持ちにでもなったかのようです。

このクレジットカードの支払いは一括払いでは当然支払えませんので、リボ払いです。あっという間に利用残高が増えていきました。

とうとう払えないようになってしまった

ローンとクレジットカードの月の支払いが、アルバイト代を超えるようになるまでそれほど時間はかかりませんでした。もうその時には、自分の服どころか食品もクレジットカードじゃないと買えない状態になっていました。生活費のほとんどがクレジットカード払いです。

支払うものの生活のお金が足りません。そこで支払いのために利用したのがクレジットカードのキャッシング機能です。こんなことをしていたら終わりがないことも分かっていたのですが、誰にも相談が出来ないのに支払いだけは遅れてはいけない!と変な義務感だけが沸いていました。

返しては借りて、アルバイトを増やして返して、また物を買ってと繰り返す生活が大学の終わりまで続きました。
金利でほとんど元本が減らないこともあり、常に心の中がモヤモヤしていつもお金の悩みは尽きませんでした。

借金生活を終らせるためには?

大学を卒業した後も、この自転車操業生活は続いていました。
でも年々、物を買うことを我慢するようになり、少しずつクレジットカードでの買い物を控えるようにしていきました。

我慢しすぎると反動でお買い物をしたくなることもあります。
身に付いた浪費癖はなかなか抜けません。
まず金利の大きいキャッシングを全て返済し終えて、二度と借りないことを誓いました。
安易な気持ちで契約したローンがきっかけで始まった借金生活でしたが、ショッピングの残高も増えたり減ったりを繰り返しながら、少しずつ減っていきました。

結局完済するまでに4年ほどかかってしまいましたが、完済した時にようやくまともな大人になれたような気がしました。
その時点で貯金はもちろんゼロではありましたが、とても身が軽くなったことを覚えています。

軽い気持ちでローン契約をしないこと

ローンは結局は借金です。未来の自分が金利という負担を払って返済するものです。どんなに欲しいものがあっても、一度立ち止まって考えて、本当に必要ならお金が貯まってから買うべきです。後で後悔しないためにも、軽い気持ちでローン契約だけは絶対してはいけませんね。